神社奉拝

官国幣社巡りの記憶

枚岡神社の摂末社

大阪府東大阪市出雲町に鎮座する枚岡神社

その摂末社を紹介する。

 

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ご神紋は「下がり藤」(ご神紋の画像は家紋市場より)。

 

 

 

摂社・末社

若宮社

本殿南側に鎮座。天児屋根命御子神 天押雲根命を祀る。摂社。

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天神地祇

本殿南側に鎮座。明治期に境内の末社や周辺の神社を合祀した社のようである。末社

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本殿から末社に至る参道。

 

 

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遥拝所

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アクセス

鉄道

自動車

  • JR大阪駅から 自動車22分

 

 

 

 

出典

神道大辞典』平凡社昭和12年

 

公式ホームページ:

www.hiraoka-jinja.org

 

  

令和元年(2019年)9月30日奉拝。

【揮毫人】東郷 平八郎

神社の入り口にある社名を記した標柱を「社号標」という。

普段、気にすることのない社号標も意外な人が揮毫しているかもしれない。

 

今回紹介するのは、

東郷 平八郎

 

日本海海戦連合艦隊司令長官として臨み、帝国海軍に完勝をもたらした名提督。

 

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東郷 平八郎(とうごう へいはちろう、弘化4年12年12月(1848年1月27日) - 昭和9年(1934年)5月30日)

父は薩摩藩士 東郷実友。長男は農商務省官僚や貴族院議員として活躍した 東郷彪 、次男は海軍軍人 東郷実 

薩摩藩士、海軍軍人。

元帥海軍大将従一位大勲位功一級侯爵。

 

薩英戦争で初陣を迎え、戊辰戦争では阿波沖海戦、函館戦争で戦った。

明治4年1871年)から海軍士官としてイギリスに5年間官費留学、国際法を学ぶ。後年の高陞号撃沈事件においてその真価が発揮された。佐世保鎮守府司令長官(第9代)、舞鶴鎮守府司令長官(初代)を歴任。日露戦争にあたっては第一艦隊兼連合艦隊司令長官(第3・4代)に任命され、日本海海戦において勝利を飾る。

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以降、海軍軍令部部長(第8代)、東宮御学問所総裁を歴任。明治39年1906年)に日露戦争の功によって大勲位菊花大授賞と功一級金鵄勲章を授与される。翌年明治40年(1907年)には伯爵を授爵。大正2年(1913年)には元帥府に列せられた。

喉頭癌、膀胱結石、神経痛、気管支炎の悪化により昭和9年(1934年)死去。国葬が執り行われ、イギリス海軍アメリカ海軍、フランス海軍の儀仗隊も葬列に参加した。

Time誌において表紙を飾った初の日本人でもある。

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揮毫した社号標

 

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english-maf.hatenablog.jp

 

 

 

略歴 

明治4年1871年)        イギリス、ポーツマスに官費留学(~11年)

明治24年(1891年)12月14日 防護巡洋艦「浪速」第6代 艦長(~27年4月30日)

明治27年(1894年)6月8日     防護巡洋艦「浪速」第7代 艦長(~28年2月16日)

明治28年(1895年)8月20日   勲四等旭日小綬章功四級金鵄勲章

明治31年(1898年)6月10日      従四位

明治32年(1899年)1月19日   佐世保鎮守府 第9代 司令長官(~33月5月20日

明治33年(1900年)5月20日   常備艦隊 第11代 司令長官(~34月10月1日)

明治34年(1901年)7月19日   勲一等旭日大綬章

明治34年(1901年)10月1日   舞鶴鎮守府 初代 司令長官(~36月10月19日)

明治35年(1902年)10月28日   ロシア帝国 神聖アンナ第一等勲章

明治36年1903年)9月30日     従三位

明治36年1903年)12月28日   連合艦隊 第3・4代 司令長官(~38月12月20日

明治38年(1905年)12月20日   第8代 軍令部長(~42月12月1日)

明治39年1906年)3月23日     イギリス帝国 メリット勲章

明治39年1906年)4月10日     大勲位菊花大綬章功一級金鵄勲章

明治40年(1907年)9月21日     伯爵授爵

明治44年(1911年)10月30日   従二位

大正2年(1913年)4月21日       元帥府に列せられる

大正7年(1918年)11月20日     正二位

大正15年(1906年)3月12日     ポーランド共和国 グランクロアオドロゼニアポルスキー勲章

大正15年(1926年)11月11日   大勲位菊花賞頸飾

昭和9年(1934年)5月29日       侯爵授爵

昭和9年(1934年)5月30日       従一位国葬(葬儀執行:6月5日)

 

 

枚岡神社

大阪府東大阪市出雲町に鎮座する神社。

名神大社河内国一宮、旧官幣大社

天児屋根命比売神武甕槌命、斎主命を祀る。

 

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ご神紋は「下がり藤」(ご神紋の画像は家紋市場より)。

 

 

 

参道

一の鳥居

東大阪市鳥居町の住宅街から参道が始まる。一般的な明神鳥居である。

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鳥居から境内まで  

石段

枚岡駅(近畿日本鉄道 奈良線)東口出てすぐ。

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社号標

一の鳥居のそばにある社号標は明治10年11月とある。

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二の鳥居のそばにある社号標は内大臣正一位大勲位公爵 三条実美 による書であるとのこと。

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境内

二の鳥居

明神鳥居である。

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境内図

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手水舎

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狛鹿

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拝殿

正面3間、側面2間、廻縁・勾欄付きで、屋根は入母屋造平入檜皮葺、長押下吹放で舞殿風の独立した素木造の建物である。

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祝詞

本殿の前方に建つ。正面1間、側面2間で起こり破風の切妻造妻入、後部1間を吹放とする。左右に透塀が接続している。

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本殿

4棟の本殿が並び建ち、各殿1間春日造で屋根は檜皮葺、木部に彩色が施されている。いずれも文政9年(1826年)の造営である。西を向く。東大阪市指定文化財

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下の写真は枚岡神社ホームページより

 

社務所(鶏鳴殿)

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授与所

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斎館

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参集所

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摂社・末社

 

1月30日の記事をご期待ください。

 

白水井

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神社概要

鎮座地大阪府東大阪市出雲町

社格名神大社河内国一宮、旧官幣大社

祭神天児屋根命比売神武甕槌命、斎主命

例祭:2月1日。

 

 

由緒 

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天児屋根命の後裔 中臣氏の族、平岡連が河内国に貫住するや、その祖神 天児屋根命及び比売神を祀ったに始まり、のち元明天皇の朝、奈良平城京に遷都あるや、藤原氏はその祖神たる本社祭神、並びに東国と最も浅からぬ因縁を結び、一族の崇信を傾けた関東の大社鹿島(武甕槌神)、香取(斎主神)の2神を併せ、奈良の春日野に勧請して春日神社を創立するや、爾後同社を挙族の氏神と仰ぎ、従来、本社に捧げた待遇も自然新興の春日社に遷り、宝亀年間(770 - 781)も遂に春日に追従して鹿島・香取の2神を配祀するに至った。

 

大同元年(806年)神封60戸を寄せられる。

承和3年(836年)以降度々加階あり。

貞観元年(859年)天児屋根命正一位の極位を、比売神正四位上勲六等より従三位を賜う。

貞観2年(860年)武甕槌神、斎主神にも従二位を加えられる。

貞観7年(865年)春日・大原野2社に準じ、春冬2祭に奉幣の制を定められ、以て永例とせられた。

延喜の制、4座並びに名神大社に列し、新年・月次・相嘗・新嘗の案上、官幣及び祈雨の幣に預かり、また武蔵国封戸調庸の租穀を以て修理の料となし、2月・11月上申日に行う枚岡祭には神祇官1人をして弾琴・笛工・卜部、雑色を率いて之に奉仕せしめた。

のち河内国の一宮として一国に宗たる位置におり、平安朝時代を通じて遣使、奉幣等のことがあって朝廷の優遇極めて篤く社運隆盛んであったが、中世に入り藤原氏の権勢衰うると共にその勢も昔日の俤を得なかった。

永万元年(1165年)平清盛は神馬を献じた。

建久元年(1190年)源頼朝は剣・砂金を奉った。

のち足利将軍家の崇信あり。

慶長10年(1605年)豊臣秀頼は社殿の改築をなす。

江戸時代には幕府より100石の朱印領を安堵せられた。

明治4年1871年)5月14日 官幣大社に列格。

昭和23年(1948年)神社本庁別表神社に列格。

 

年中行事

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アクセス

鉄道

自動車

  • JR大阪駅から 自動車22分

 

 

 

 

出典

神道大辞典』平凡社昭和12年

 

公式ホームページ:

www.hiraoka-jinja.org


 

 

令和元年(2019年)9月30日奉拝。

長田神社の摂末社

兵庫県神戸市長田区長田町に鎮座する長田神社

その摂末社を紹介する。

 

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ご神紋は「菱菊」(ご神紋の画像は家紋市場より)。

 

 

末社

蛭子社・出雲社

本殿西側に鎮座。

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松尾社

本殿東側に鎮座。

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月読社

本殿東側に鎮座。

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稲荷社

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神撫山遥拝所

「神撫山」は神戸市長田区と須磨区を隔てる高取山の古名である。

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アクセス

鉄道

バス

 

 

 

出典

神道大辞典』平凡社昭和12年

長田神社パンフレット

 

公式ホームページ:

nagatajinja.jp

  

令和元年(2019年)6月15日奉拝。

長田神社

兵庫県神戸市長田区長田町に鎮座する神社。

式内名神、旧官幣中社

事代主神 を祀る。

 

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ご神紋は「菱菊」(ご神紋の画像は家紋市場より)。

 

 

参道と境内

境内まで

神戸市の区でも最大の人口密度を誇る長田区に鎮座する古社。
参道は商店街となっている。

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社号標

長田駅を出てすぐ目に入る社号標は紀元2600年(1940年)記念のもの。

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南鳥居のそばにある社号標は昭和5年(1930年)1月。

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境内 

南鳥居

神明鳥居である。

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境内案内図

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手水舎

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社務所

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儀式殿

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神門

八脚門で、左右に翼廊を結合する。

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授与所

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拝殿

正面5間、側面3間、入母屋造平入の身舎に同じく正面五間の向拝を縋破風にて取り付けた形式で、基壇上に建ち、身舎は板張、正側各柱間は全て扉を建て込み向拝は土間吹き放しである。銅板葺、木部は丹亜の彩色が施されている。 f:id:english_maf:20191012164519j:plain

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本殿・幣殿

本殿 は3間社流造、身舎に内陣・外陣の別あり、廻縁・勾欄を附し棟に千木・堅魚木を具える。向拝柱は中柱を徹し一柱間とし、前面直ちに幣殿に接している。南を向く。

幣殿 は正面1間、側面3間で前部は直ちに拝殿の背面と結合し、床板張、前方部奥行1間は拝殿の背面に沿う左右廊下の入口となり、廊下の両端、即ち拝殿の北東隅及び北西隅に楽屋を連絡する。

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宝物庫

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摂末社

english-maf.hatenablog.jp

 

鬼室

7名の鬼役によって奉仕される「追儺式」は兵庫県重要無形民俗文化財

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神社概要

鎮座地兵庫県神戸市長田区長田町

社格:式内名神、旧官幣中社

祭神事代主神

 

例祭:10月18日。

 

由緒 

神功皇后新羅を平定して凱旋のとき、事代主神「吾を御心長田国に祀れ」との神誨により、山背根子の女長媛をして斎きまつらしめたのを本社創立の起源とする。

 

大同元年(806年)に神封41戸を充てられる。

貞観元年(859年)正月、従五位上勲八等から従四位下を授けられ、なお風雨または甘雨の御祈及び祈年穀報賽のため遣使奉幣あり。

延喜の制、名神大社に列し、祈年・月次・相嘗・新嘗の案上官幣及び祈年の際には遣使奉幣あったこと国史に散見する。

鎌倉時代以降、武家の崇敬篤く源頼朝は武運長久のため神輿及び神鏡を奉納したという。

天正年間(1573-1593)には荒木志摩守以下連署の施行状を下して本社を氏神とし、豊臣秀吉社領55石を寄せた。

江戸時代には累代藩主より社領15石を安堵せられた。 

明治18年(1885年)4月22日、県社より官幣小社に昇格。

明治29年(1896年)10月19日、官幣中社に昇格。

大正13年1924年)炎上。

昭和3年(1928年)国費を以て改造成る。

昭和23年(1948年)神社本庁別表神社に列格。

 

アクセス

鉄道

バス

 

 

出典

神道大辞典』平凡社昭和12年

長田神社パンフレット

 

公式ホームページ:

nagatajinja.jp

  

 

令和元年(2019年)6月15日奉拝。

香椎宮の摂末社

福岡県福岡市東区香椎に鎮座する香椎宮

その摂末社を紹介する。

 

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ご神紋は「十六八重菊」(ご神紋の画像は家紋市場より)。

 

 

 

摂社・末社

武内神社

摂社。景行天皇から仁徳天皇まで5代にわたり仕え、仲哀天皇崩御後の神功皇后にも仕えたとされる武内宿禰を祀る。本殿左手に鎮座。

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巻尾神社

摂社。中臣烏賊津大連を祀る。本殿右手に鎮座。

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稲荷神社・鶏石神社

末社。綾杉の近くに鎮座。

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朽瀬神社

末社。香椎参道を挟んで境内入り口の鳥居向かい側に鎮座。

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印鑰神社

末社。石川宿禰を祀る。香椎宮から300 m ほど離れた境外に鎮座。f:id:english_maf:20180813185042j:plain

 

高陪神社

末社。大宮司武内宿禰氏連を祀る。境外に鎮座。

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男神

末社。撮影時は香椎宮から1.5 km ほど離れた境外に鎮座。現在、JR香椎駅前に遷宮した模様。

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平野神社

末社。境内敷地に隣接した境外に鎮座。

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古宮

香椎宮の裏手に位置する。仲哀天皇が国家鎮護の拠点とした橿日宮の跡地である。

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方男佐海岸

片男佐の鳥居

境内から2.3 km ほど離れた方男佐海岸の香椎若葉団地の一角に佇む。昭和の初めまで楼門前にあった鳥居がこちらに移転せられたものらしい。

 

参照:

御島神社祭 (香椎宮末社) ( 福岡県 ) - 香椎うっちゃんのブログ - Yahoo!ブログ

 

 

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御島神社

神功皇后が御渡海に際し、神の教えの当否を占われた地とされる。綿津見神を祀る。

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アクセス

バス

徒歩

 

 

 

 

出典

神道大辞典』平凡社昭和12年

香椎宮パンフレット

香椎宮略誌

 

公式ホームページ:

kashiigu.com

 

 

平成28年(2016年)3月3日奉拝。

香椎宮

福岡県福岡市東区香椎に鎮座する神社。

官幣大社

仲哀天皇 と 神功皇后 を主神とする。

勅祭社であり、10年毎に勅使を迎える皇室ゆかりの社。

 

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ご神紋は「十六八重菊」(ご神紋の画像は家紋市場より)。

 

 

 

参道と境内

境内まで

参道は香椎参道口交差点から始まる。九州の大動脈である国道3号線と交差しており、交通量が非常に多い交差点の一角に社号標が立つ。

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交差点の社号標から足を進めること4分、鹿児島本線の踏切越しに社号標が見える。先程の社号標と比べて「官幣」の部分が読み取りにくいが、GHQによる神道指令の名残であろうか。

奥には鳥居もあり、香椎参道の交通量、鳥居の幅、鹿児島本線の列車通過量が相あまって、慢性的な交通渋滞を引き起こしているようである。

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社号標

大正11年(1922年)3月21日、従二位勲一等侯爵 黒田長成 による書とある。

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鳥居は一般的な名神鳥居である。大正8年4月の建立。

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 頓宮

鳥居の手前右手には香椎頓宮の鳥居が。春季氏子大祭の折には御神幸があるとのこと。

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先程の香椎参道沿いの街灯には鳥居の意匠があしらわれる。

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鳥居から楼門まで

鹿児島本線踏切の鳥居から10分程香椎参道を歩くと、境内入り口を示す鳥居が見える。大正4年11月建立。こちらも名神鳥居。ただし亀腹を欠く。

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こちらの鳥居は昭和13年11月建立。同じく名神鳥居。

皇族下乗の碑が左手に見える。

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楼門

楼門は重層の檜皮葺総欅白木造である。戦火により消失したが再建された。楼門の左右に備える筋塀は寺社の位を示すもので、香椎宮は最高の5本筋となっている。

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手水舎

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絵馬殿

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勅使館

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獅子狛犬 

獅子・狛犬。今風に言うところの “小顔” か。

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綾杉

御神木である。

神功皇后三韓よりご帰還の際に「永遠に本朝を鎮護すべし」と祈りを込めて、鎧の袖に挿していた杉枝を植えたものが成長したと言われる。太宰帥に新任された者は必ず香椎宮に参拝し、任期中の無事を祈ってこの杉葉を冠に挿すことが恒例の儀式として行われた。

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中門

三間一戸切妻造の中門。

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本殿

神亀元年(724年)に建立された。現在の本殿は享和元年(1801年)に第10代福岡藩黒田斉清により再建されたもの。

香椎造。正面3間、側面3間の建物の内部を内陣、中陣、外陣に区別し、外陣の両側を更に1間左右に拡げた(獅子の間)もの。正面中央浜床上と左右側面に木階と昇勾欄を備える。平面に影響されて屋根も複雑な形を採る。檜皮葺。南を向く。

朱塗彩色が美しい。

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楽殿

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戦艦「摂津」(明治44年、1911年進水)の砲身。摂津はワシントン海軍軍縮条約により退役し標的艦となった戦艦。大正11年3月に貞明皇后がお召艦とし香椎宮行幸された所縁による。f:id:english_maf:20180813181048j:plain

 

摂社・末社

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霊泉不老水

武内宿禰がこの泉の水を汲み、食事と酒を調えて300歳余りの長寿を保ち得たと伝えられる。日本名水百選。

境内から500 m ほど離れた地にある。

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扇塚 

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軍艦香椎顕彰碑

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神社概要

鎮座地:福岡県福岡市東区香椎

社格:旧官幣大社、勅祭社。

主神仲哀天皇神功皇后

配祀応神天皇住吉大神

例祭:10月29日

 

祭神

仲哀天皇は第14代天皇日本武尊命を父に持つ。新羅を授けるとする住吉大神の信託を信じず、神の怒りに触れ、急死したという。

神功皇后仲哀天皇の皇后、応神天皇(第15代天皇)の母。応神天皇を身籠りながらも仲哀天皇崩御後、三韓征伐を指揮した逸話が伝わる。応神天皇八幡神として全国の八幡宮に祀られる。

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由緒

仲哀天皇崩御後に山稜を営まれ、神功皇后新羅征討の軍議をせられた場所とされる。かつては香椎廟と称され、他の神社と区別され『延喜式神名帳にその登載を見ることがなかったが、円融天皇の御代頃(969 - 984)から神社として取り扱われるように至ったようである。

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神亀元年(724年)に建立。

神亀5年(728年)太宰官8等拝する。(『万葉集』巻6)

天平9年(737年)聖武天皇奉幣、新羅無礼の状を告げる。

天平宝字3年(759年)淳仁天皇、太宰帥三品船親王を遣わし新羅を伐つべき状を奏す。

天平宝字6年(762年)淳仁天皇、参議従三位藤原巨勢麻呂らをして奉幣、新羅を征するの軍旅を告げる。

大同2年(807年)平城天皇、大唐綵幣。

弘仁元年(810年)嵯峨天皇薬子の乱を鎮める宿禱に奉賽。

天長10年(824年)仁明天皇、即位奉告。

承和8年(841年)仁明天皇、本社および神功皇后山稜の祟りによって奉幣。

貞観12年(870年)清和天皇新羅の賊船が豊前国の貢調船の絹綿を奪ったため大中臣朝臣国雄を奉幣使として詔を宣せしめる。

元慶2年(877年)陽成天皇、橿日神人に神憑があって新羅寡を窺うの御教があり使を遣わして綾羅御衣を奉る。

天慶元年(938年)朱雀天皇、宇佐宮奉幣と共に小野朝臣好古をして奉幣。

寛仁元年(1017年)後一条天皇、金銀幣各2枚を奉る。

承歴元年(1077年)白河天皇、香椎廟に火災があったので5日間の廃朝を行う。

建武3年(1336年)足利尊氏、社参し糟屋郡多々良以下の地800町を寄進。

応安7年(1374年)足利義満、社参し願文を納める。

天正年間(1573 - 1593年)小早川隆景159石を寄進。

元和3年(1617年)福岡藩黒田光之、30石を献じる。

延享元年(1744年)福岡藩主黒田継高、70石に加増。

明治3年(1870年)2月9日 神祇官勅祭社(中奉幣)に列格。

明治4年1871年)5月14日 国幣中社に列格。

明治18年(1885年)4月2日 官幣大社に昇格。

大正4年(1915年)仲哀天皇主祭神に加える。

大正11年(1922年)本殿が国指定重要文化財に指定される。

大正13年1924年宇佐神宮と共に勅裁社に治定。

昭和23年(1948年)神社本庁別表神社に列格。

 

祭日

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アクセス

バス

徒歩

 

 

 

 

出典

神道大辞典』平凡社昭和12年

香椎宮パンフレット

香椎宮略誌

 

公式ホームページ:

kashiigu.com

 

 

平成28年(2016年)3月3日奉拝。