神社奉拝

官国幣社巡りの記憶

住吉神社(福岡県)

福岡県福岡市博多区住吉に鎮座する神社。

式内名神筑前国一宮、旧官幣小社

底筒男命中筒男命表筒男命 を主神とし、天照皇大神息長足姫命を配祀する。

例祭は9月13日(現在10月13日)。

 

 

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ご神紋は「左三つ巴」(ご神紋の画像は家紋市場より)。

 

 

 

参道と境内

境内まで

福岡市の中心部、かつての那珂川の河口付近に鎮座する。

境内西側の鳥居前には天竜池(汐入池)が広がり、末社・天津社が鎮座する。 

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社号標

侯爵黒田長成による書とある。

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黒田 長成(くろだ ながしげ、慶応3年5月5日(1867年6月7日) - 昭和14年(1939年)8月14日)は最後の福岡藩主黒田長知を父に持つ、福岡黒田家13代目当主。

慶應義塾中退、ケンブリッジ大学にて学士号を取得。かつての福岡藩藩校を再興した旧制中学修猷館館長(第3代)、貴族院副議長(第4 - 8代)、枢密顧問官、議定官などを歴任した。特に貴族院副議長については約30年その職にあった。豊臣秀吉を顕彰する豊国会や、菅原道真を顕彰する菅公会などの会長も務めた。

従一位勲一等旭日桐花大綬章侯爵。

 

 

 鳥居から神門まで

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第一鳥居は一般的な名神鳥居である。

境内に一歩入れば都会の喧騒を忘れさせる鎮守の森に囲まれる。

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第二鳥居も一般的な名神鳥居である。

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手水舎

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神門

三間一戸の八脚門、左右の廻廊は各方二間切妻造平正面の建物で内部を小室に区別する。銅板葺。

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獅子狛犬

神門前で守りを固める。

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拝殿

正面三間、側面三間、入母屋造平入の身舎に、前面三間の向拝を縋らせ、右側面に方二間切妻造平入正面の附属舎を結合し、外妻の桁行一間を神饌所としている。土間床で、正側面を扉、連子等で囲い、背面は吹放。銅板葺。

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幣殿

正面一間、側面二間、切妻造妻入で、後部一間板敷で側縁附、前部一間は土間とし吹放で拝殿の背面に結合する。

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本殿

慶長5年(1600年)黒田長政の再建と伝える。

住吉造で大阪の住吉神社本殿と同形式であるが、多少相違がある。

桁行四間の内最奥部を内々陣、次の一間を内陣、次の二間を外陣とし、内々陣、内陣正面は扉、外陣正面は左右引戸、同側面にも引戸があり、扉脇の小柱は角柱、基礎に亀腹あり、破風には多少反りを認め、屋根檜皮葺の軒附は二重になっている。建物総体に丹の彩色あることは大阪と同様、内部は一部漆塗を施す。周囲に瑞垣が新築され(昭和10年・1935年)、外陣正面に階段なく、浜床を大きく作り、これより幣殿の板敷部に降りる。

重要文化財

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社務所

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摂社・末社

船玉神社

猿田彦神を祀る。道の守護神。本殿北側に鎮座。

摂社。

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志賀神社

綿津見三神を祀る。海洋の守護神。本殿北側、船玉神社向かって左側に鎮座。

摂社。

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人丸神社

柿本人麻呂を祀る。和歌の神。本殿北側、志賀神社向かって左側に鎮座。

末社

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菅原神社

菅原道真公を祀る。学問の神。本殿北側、人丸神社向かって左側に鎮座。

末社

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稲荷神社 

五穀豊穣、商業の神・宇賀乃魂大神を祀る。本殿北東側に鎮座。末社

御神木・一夜松が傍に生える。

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少彦名神社

薬業の神・少彦名神を祀る。表参道北側に鎮座。末社

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天津神

伊弉諾大神を祀る。表参道南側に鎮座。末社

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三日恵比寿神社

恵比寿大神を祀る。本殿南側に鎮座。功徳池に囲まれる。

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古代力士像

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由緒

祭神三筒男神は神代の昔伊弉諾尊が、筑紫の日向の橘の小戸の檍原に禊祓し給ったときに生まれました墨江三前の大神即ち住吉大神である。共に出生せられた綿津見三神、即ち志賀島の鎮座する志賀海神社と共に、阿曇連に齋かれた神と伝え、古来博多湾を隔てて相対峙し、顕著なる由緒を有する。

神功皇后征韓の役に際し、その和魂は玉体に添って寿命を守り、荒魂は先鋒となって船を導き、三韓を服属せしめた。皇后還りますとき、その荒魂を穴門山田邑(現・山口県)なる住吉神社に、和魂をば大津渟名倉の長狭(現・大阪府)なる住吉神社に祀らしめられた。

 

天平9年(737年)使を遣わし幣を献じて新羅無礼の状を告げた。

貞観元年(859年)従五位の神位を奉った。

延喜の制には名神大社に列して新年の国幣に預かった。

のち筑前国一宮と称し、頼朝、尊氏ら武将の崇敬あり。

黒田長政福岡藩初代藩主)、福岡城を治するや再興を図り、薬院吉祥院の開山尊秀法印に命じて新たに神殿を建立せしめ、神宮寺たる円福寺を再興せしめた。

黒田忠之福岡藩第2代藩主)、これを修理し、本地堂を建てた。

黒田光之福岡藩第3代藩主)、30石の社領を寄せた。

明治5年(1872年)県社に列格。

大正4年(1915年)11月10日、官幣小社に昇格。

 

昭和23年(1948年)神社本庁別表神社に列格。

 

アクセス

バス

自動車

徒歩

 

 

 

 

出典

神道大辞典』平凡社昭和12年

住吉神社パンフレット

 

公式ホームページ:

chikuzen-sumiyoshi.or.jp

 

 

平成26年(2014年)6月21日奉拝。

八坂神社

京都府京都市東山区祇園町に鎮座する神社。

二十二社(下八社)。旧官幣大社

素戔嗚命稲田比売命・八柱御子神を祀る。

例祭は6月15日。

 

 

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ご神紋は「五瓜に唐花」(ご神紋の画像は家紋市場より)。

  

 

 

参道と境内

境内まで

京都市の主要な東西の通りの一つである四条通の東の突き当たりに鎮座する。ちなみに四条通の西の突き当たりは松尾神社である。

  

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社号標

大正5年5月、山田得多による書とある。嘉永5年(1852)3月讃岐出身の書家で、京都に居したらしい。

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西側の楼門。屋根はもともと檜皮葺であったのが本瓦葺に改められている。重要文化財

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南側にも楼門がある。

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境内 

手水舎 

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獅子・狛犬

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拝殿

正面三間側面三間入母屋造平入、銅板葺素木造。

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本殿

祇園造、檜皮葺。重要文化財

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社務所

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摂社・末社

疫神社

疫病除けの神(蘇民将来)を祀る。西楼門を抜けた先に鎮座。

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大国主

本殿西側に鎮座。もと後見殿。 

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美御前社

本殿東側に鎮座。祭神の三女神。

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悪王子社

本殿東側に鎮座。祭神の荒魂。

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太田社・白髭社 

疫神社の北隣に鎮座。

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厳島

本殿北側に鎮座。

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日吉社

境内北東に鎮座。

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大神宮社

本殿東側に鎮座。

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大年社

本殿西側に鎮座。

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北向蛭子社

西楼門から本殿に至る道の途中に鎮座する。

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十社

阿蘇社・松尾社・諏訪社・春日社・金峰社・香取社・愛宕社・白山社・熊野社・多賀社を祀る。

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由緒 

清和天皇貞観18年(876年)、常住寺の僧十禅師円如大法師が神の託宣により移し奉ったのを初めとし、その後、藤原基経が威験に感じて精舎を建立した。

天慶5年(942年)6月東遊・走馬十列等を奉って、先に祈念下東西賊徒の奉賽とせしめられた。

天禄3年(972年)6月15日、円融天皇御疱瘡の祈によって御霊会を勅会となし、走馬・勅楽を奉らしめられた。

天延2年(974年)天台別院とせられ、南都興福寺の支配を受けて来た関係を断つ。

延久4年(1072年)3月、後三條天皇稲荷と共に行幸の例を開かれ、この後両社は相共に行幸を催さるるを定めとした。

天治元年(1124年)6月、崇徳天皇御霊祭の奉幣を復して永例とし、之を臨時祭とせられた。

室町時代において、北野とともに将軍家の産土神たるの地位に居り、三代義満の崇仰は深厚を極めた。

江戸時代を通じて朱印領140石を領した。

明治3年(1870年)2月9日 神祇官勅祭社(中祭)に列格。

明治4年1871年)5月14日 八坂神社と改称、官幣中社に列格。

大正4年(1915年)11月10日 護王神社と改称、官幣大社に昇格。

 

昭和23年(1948年)神社本庁別表神社に列格。

 

  

アクセス

バス

自動車

  • JR京都駅 から 自動車11分

徒歩

 

 

 

 

出典

神道大辞典』平凡社昭和12年

 

公式ホームページ:

www.yasaka-jinja.or.jp

 

 

平成30年(2018年)3月14日奉拝。

【官国幣社の例祭日】1・2月篇

国幣社のうち、1月2月に例祭日を迎える神社をまとめている。

 

1月には四方拝(1月1日)、歳旦祭(1月1日)、元始祭(1月3日)、2月には紀元節(2月11日)、祈年祭(2月17日)と祭日が続く時期であるためか、ここで紹介する神社は6社と少ない。

 

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写真は 宮内庁ホームページ より

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写真は 神宮ホームページ より

 

 

 

1月24日

阿部野神社(別格、大阪府

 

2月1日

枚岡神社 (官大、大阪府

鵜戸神宮 (官大、宮崎県)

 

2月10日

菅生石部神社(国小、石川県)

 

2月11日

橿原神宮 (官大、奈良県

 

2月12日

四條畷神社(官中、大阪府

 

 

官大は「官幣大社」、国大は「国幣大社」、

官中は「官幣中社」、国中は「国幣中社」、

官小は「官幣小社」、国小は「国幣小社」、

別官は「別格官幣社」を表している。

赤字は勅祭社。

 

 

※ リンクは記事を作成次第更新する予定。

護王神社

 


京都府京都市上京区烏丸通下長者町に鎮座する神社。

別格官幣社

和気清麿朝臣和気広蟲 を主神とし、藤原百川・路豊永を配祀する。

例祭は4月4日。

 

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 ご神紋は「向かい四つ藤」(ご神紋の画像は家紋市場より)。

  

 

参道と境内

境内まで

御所西側の蛤門の近く、京都市の主要な南北の通りの一つである烏丸通に接して鎮座する。

 

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社号標

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鳥居は一般的な名神鳥居である。

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 狛猪

和気清麿が宇佐へ配流の際に道鏡から送り込まれた刺客に襲われたが、突如現われた300頭の猪によって難事を救われたとの伝説から、明治23年(1890年)から狛犬の代わりに「狛猪」が置かれている。

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境内 

神門と手水舎

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拝殿

正面三間側面二間入母屋造妻入、檜皮葺素木造。

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祝詞

向唐門、檜皮葺素木造。

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本殿

一間社流造、檜皮葺素木造。写真では祝詞舎の奥。

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神饌所。祝詞舎に接する。

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摂社・末社

武内神社

手前から

警察消防招魂社、久邇宮家御霊殿、祖霊社

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碑など

吉井勇歌碑

吉井 勇(よしい いさむ(1886(明治19年)10月18日- 1960年(昭和35年)11月19日)は大正から昭和にかけての歌人・脚本家。

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和気清麿公像

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さざれ石

 

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祭神

和気清麿・和気広蟲

和気 清麿(わけ の きよまろ)は備前国藤野郡の出身。奈良時代の末に皇位を奪おうとした弓削道鏡の野望を、その身を賭してこれを挫き、万世一系の皇統を護持した。また、桓武天皇の御代には平安京への遷都を献策し、造宮大夫(剣民部卿)に任ぜられて都造りに精魂を傾けた。

従三位民部卿兼造宮大夫美作備前国造。薨去後、贈正三位明治31年(1898年)には薨後1100年を記念し贈正一位となった。

和気 広蟲(わけ の ひろむし)は和気清麿の姉。孝謙天皇に仕えた。孤児の養育に励む。

従四位上。没後、贈正三位

 

 

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由緒

 

初め山城国葛野郡梅ヶ畑村高尾山にある神護寺の境内にあった清麿を祀る霊社に対し、嘉永4年(1851年)3月15日に正一位護王大明神の神階並びに神号を宣下された。

 

明治7年(1874年)12月22日 護王神社と改称、別格官幣社に列格。

明治19年1886年)社殿を新造して今の地に遷座。 

 

昭和23年(1948年)神社本庁別表神社に列格。

 

 

アクセス

自動車

  • JR京都駅 から 自動車10分

徒歩

 

 

 

 

出典

神道大辞典』平凡社昭和12年

護王神社パンフレット

 

公式ホームページ:

www.gooujinja.or.jp

 

 

 

平成30年(2018年)3月14日奉拝。

【官国幣社の例祭日】12月篇

国幣社のうち、12月に例祭日を迎える神社をまとめている。

 

12月の晦日に大祓が執り行われる。国民の罪や穢れを祓うための宮中祭祀であり、全国の神社でも同日に大祓が行われる。また、神宮では三節祭の一つ、月次祭が行われる。新嘗祭という大きな祭を終えた次の月でもあり、ここで紹介する神社は5社と少ない。

 

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写真は 神宮ホームページ より

 

 

 

12月3日

秩父神社 (国小、埼玉県)

 

12月5日

敢国神社 (国中、三重県

 

12月7日

水無瀬神宮(官大、大阪府

 

12月15日

住吉神社 (官中、山口県

忌宮神社 (官小、山口県

 

 

官大は「官幣大社」、国大は「国幣大社」、

官中は「官幣中社」、国中は「国幣中社」、

官小は「官幣小社」、国小は「国幣小社」、

別官は「別格官幣社」を表している。

 

 

※ リンクは記事を作成次第更新する予定。

日枝神社

東京都千代田区永田町に鎮座する神社。

准勅祭社。旧官幣大社

大山咋神 を主神とし、国常立神・足仲彦尊・伊奘冉神を配祀する。

例祭は6月15日。

 

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ご神紋は「左三つ巴」(ご神紋の画像は家紋市場より)。

  

 

   

参道と境内

境内まで

総理大臣官邸・国会議事堂などの重要施設に隣接して鎮座する。皇居の南東(裏鬼門)に当たる地である。

 

社号標

元帥海軍大将正二位大勲位功一級伯爵 東郷平八郎による書とある。

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東郷 平八郎(とうごう へいはちろう、弘化4年12年12月(1848年1月27日) - 昭和9年(1934年)5月30日)は薩摩藩士、海軍軍人。

薩英戦争で初陣を迎え、戊辰戦争では阿波沖海戦、函館戦争で戦った。明治4年1871年)から11年(1878年)まで海軍士官としてイギリスに官費留学、国際法を学ぶ。後年の高陞号撃沈事件においてその真価が発揮された。佐世保鎮守府司令長官(第9代)、舞鶴鎮守府司令長官(初代)を歴任。日露戦争にあたっては第一艦隊兼連合艦隊司令長官(第3・4代)に任命され、日本海海戦において勝利を飾る。以降、海軍軍令部部長(第8代)、東宮御学問所総裁を歴任。明治39年1906年)に日露戦争の功によって大勲位菊花大授賞と功一級金鵄勲章を授与される。翌年明治40年(1907年)には伯爵を授爵。大正2年(1913年)には元帥府に列せられた。喉頭癌、膀胱結石、神経痛、気管支炎の悪化により昭和9年(1934年)死去。国葬が執り行われた。

Time誌において表紙を飾った初の日本人でもある。

元帥海軍大将従一位大勲位功一級侯爵。

 

鳥居から楼門まで(表参道)

 

鳥居

境内入り口を示す鳥居。山王鳥居である。明神鳥居の上に合掌、あるいは破風のようなものをつくってあるのが特徴。

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急勾配の階段は一直線に参拝者を楼門へと導く。

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宝物殿と手水舎

階段を登りきった左手に宝物殿と手水舎がある。

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楼門

楼門は三門一戸、左右に廻廊がある。屋根は銅板の瓦棒葺。

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拝殿

正面七間、側面三間で廻廊・勾欄は、内部は前面一間通の部分と、その後方奥行二間を中央と左右脇の三部、計四区に分かれる。入母屋造平入で、正面に三間の向拝を縋破風にて葺きおろし、向千鳥破風及び軒唐破風を造る。

東京大空襲にて焼失したため再建。

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本殿・幣殿

本殿は正面3間、側面3間、廻縁、勾欄を有し、内陣・中陣・外陣に分かれ、入母屋造平入。銅瓦棒葺。

幣殿は正面3間、側面3間、廻縁、勾欄をそなえ、右側後方神饌所に連絡する渡廊を連ね、屋根は両下造。 

 

末社

八坂神社・猿田彦神社、山王稲荷神社

境内北側に鎮座。

山王稲荷神社は東京大空襲の際に焼失は免れた万治2年から伝わる社殿。

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鳥居から楼門まで(南参道) 

鳥居

境内入り口を示す鳥居。

山王鳥居である。明神鳥居の上に合掌、あるいは破風のようなものをつくってあるのが特徴。エスカレーターを使って境内に到達できる。

 

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祭神

大山咋神

大年神天知迦流美豆比売の子である。

山の地主神。日吉神社松尾神社にも祀られる。

 

 

由緒

文明年間(1469 - 1486年)太田道灌江戸城築城にあたり川越山王社を勧請する。

天正18年(1590年)徳川家康入城後、紅葉山に遷し、更に社地を半蔵門外に定めて遷移し、別当・神主を定める。

明暦3年(1657年)大火に御宇烏有に帰するや、直ちに赤坂溜池の現社地に新造する。

万治2年(1659年)将軍家綱のときに遷座の式を仰ぐ。

明治元年(1868年)勅祭社に準ぜられる。

明治3年(1870年)2月9日 神祇官準勅祭社に列格。

明治15年(1882年)1月9日府社より官幣中社に昇格。

大正4年(1912年)11月10日官幣大社に昇格。

昭和20年(1945年)東京大空襲により社殿を焼失。 

昭和23年(1948年)神社本庁別表神社に列格。

昭和30年(1955年)「昭和御造営」により社殿再建。

 

アクセス

自動車

  • JR新橋駅 から 自動車6分ほど

徒歩

 

 

 

 

出典

神道大辞典』平凡社昭和12年

日枝神社パンフレット

 

公式ホームページ:

www.hiejinja.net

 

 

平成30年(2018年)3月28日奉拝。

【官国幣社の例祭日】11月篇

国幣社のうち、11月に例祭日を迎える神社をまとめている。

 

11月23日に新嘗祭が執り行われる。五穀の収穫を感謝する宮中祭祀であり、全国の神社でも同日に新嘗祭が行われる。このような大きな祭を控えるためか、11月に例祭を迎える神社は11社と、先月の53社に比べかなり少ない。

 

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写真は 神宮ホームページ より

 

 

 

11月1日

都々古別神社(国中、福島県八規)→12月第2土曜日

大麻比古神社(国中、徳島県

 

11月3日

明治神宮 (官大、東京都)

 

11月4日

浅間神社 (官大、静岡県

 

11月5日

都農神社 (国小、宮崎県)→12月5日

 

11月9日

住吉神社 (国中、長崎県

 

11月10日

山内神社 (別官、高知県) 

 

11月15日

宗像神社 (官大、福岡県)→10月2日

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竃門神社 (官小、福岡県) 

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11月17日

談山神社 (別格、奈良県

  

11月28日

吉備津神社(国小、鹿児島県)→11月23日前後

 

 

官大は「官幣大社」、国大は「国幣大社」、

官中は「官幣中社」、国中は「国幣中社」、

官小は「官幣小社」、国小は「国幣小社」、

別官は「別格官幣社」を表している。

赤字は勅祭社。

 

 

※ リンクは記事を作成次第更新する予定。