神社奉拝

官国幣社巡りの記憶

田島神社

佐賀県唐津市呼子町加部島に鎮座する神社。

式内名神、旧国幣中社

多紀理比売命・市杵島比売命・多岐都比売命を主神とし、大山祇神・稚武王を配祀する。

例祭は9月16日。

 

f:id:english_maf:20190119173556j:plain f:id:english_maf:20190217105040g:plain

ご神紋は「変わり向こう桜」(ご神紋の画像は家紋市場より)。

 

 

参道と境内

境内まで

佐賀県唐津市にある呼子港の沖約500mに位置する加部島。古くは「壁島」と呼ばれ玄界灘に臨む港にとって天然の防波堤となっている。呼子大橋によって九州島と繋がる。

田島神社は加部島東部の漁港を見守るように鎮座している。穏やかな雰囲気に包まれる。 

f:id:english_maf:20190119174231j:plain

f:id:english_maf:20190119174459j:plain

f:id:english_maf:20190119174553j:plain

f:id:english_maf:20190119174652j:plain

 

社号標

昭和16年(1941年)2月11日とある。

2月11日は紀元節(現:建国記念の日)であり、記念で建立されたものと想像される。

f:id:english_maf:20190119174749j:plainf:id:english_maf:20190119174824j:plain

 

茂みに覆われようとしていたが、昭和16年以前のものらしき社号標も存在した。

f:id:english_maf:20190119175108j:plain


 

階段を下ると鳥居が出迎える。

昭和16年(1941年)10月に竣工され、東松浦郡支那事変(日中戦争)従軍者によって奉献された、とのこと。

f:id:english_maf:20190119175324j:plain

f:id:english_maf:20190119180106j:plain

f:id:english_maf:20190119175457j:plain




鳥居の傍らにある灯籠は第32代内閣総理大臣廣田弘毅の書とある。皇紀2600年(昭和15年・1940年)を記念したものであるようだ。

外務大臣(第49・50・51・55)や内閣総理大臣(第32代)を歴任した廣田。昭和15年当時彼は、米内光政内閣の内閣参議昭和12年から18年にかけて存在した内閣の諮問機関)を務めていた。この年の10月、大政翼賛会が発足しており、廣田は貴族院無所属倶楽部を組織した。

f:id:english_maf:20190119175822j:plain

 

境内 

手水舎 

f:id:english_maf:20190119180151j:plain

社務所

f:id:english_maf:20190119180402j:plain



元寇の碇石

蒙古軍船が碇に使用した石。玄海灘の海中より引き揚げられたもの。

f:id:english_maf:20190119180539j:plain

 

 

頼光鳥居

肥前鳥居として佐賀県最古。天元3年(980年)、源頼光肥前守として下向の際に寄進したもの。田島宮の文字は三跡に数えられる藤原佐理の筆。

f:id:english_maf:20190119180659j:plain

f:id:english_maf:20190119181153j:plain

 

 

楼門前の鳥居

海から参拝することもあったのかもしれない。

f:id:english_maf:20190119181508j:plain

f:id:english_maf:20190119181551j:plain

f:id:english_maf:20190119181628j:plain

 

獅子狛犬

f:id:english_maf:20190119182759j:plain

f:id:english_maf:20190119182825j:plain

 

 

楼門

f:id:english_maf:20190119181732j:plain

f:id:english_maf:20190119181809j:plain

f:id:english_maf:20190119181832j:plain

f:id:english_maf:20190120084305j:plain

 

拝殿

方三間、入母屋造妻入、廻縁勾欄附で、総蔀戸建の身舎の正面に別の廂屋根を降して向拝とする舞殿風の建築。左に祓殿、右に神饌所を連絡する。

檜皮葺素木造と神道大辞典』にはあるが、銅板葺であるように見える。維持管理に耐えられず、変更があったのであろうか。

f:id:english_maf:20190119173556j:plain

f:id:english_maf:20190119183005j:plain 

f:id:english_maf:20190120083957j:plain

 


拝殿前にも獅子狛犬が控える。

f:id:english_maf:20190119183247j:plain

f:id:english_maf:20190119183324j:plain

 

 

中門

一間一戸、向唐破風造、左右に菱組格子窓の透塀を連ねる。

f:id:english_maf:20190119183832j:plain

f:id:english_maf:20190120084140j:plain

 

 

本殿

三間社流造、身舎に廻縁勾欄あり、正面はすべて蔀戸、側面は前の間扉、後の間蔀戸、背面は嵌板張。木階を正面三間幅一杯に取る。

北西に向かって建っており、異国降伏の意を表したものという。

 

f:id:english_maf:20190120084212j:plain

f:id:english_maf:20190120084225j:plain

 

  

摂社・末社

佐與姫社

拝殿向かって左側に鎮座。大伴狭手彦の妻佐與姫を祀る。大伴狭手彦は勅命により、宣化天皇2年(537年)10月任那を援護するために松浦国篠原の里に滞在した。末社

f:id:english_maf:20190120083206j:plain

f:id:english_maf:20190120083236j:plain

f:id:english_maf:20190120083346j:plain

f:id:english_maf:20190120083429j:plain

 

御崎社

境内北側に鎮座。級長津彦神、級長津姫神猿田彦神を祀る。豊臣秀吉朝鮮出兵にあたり、「小鷹丸」の船首に瑞真榊を立て、大陸に7度の往復をして無事に帰国できたことから、神恩感謝のため、海上安全の御守神として祀ることになったという。 

f:id:english_maf:20190120083501j:plain

 

 

太閤祈念石

本殿背後の森の中にある。豊臣秀吉朝鮮出兵の成功を祈願し、槍で突くと真っ二つに割れたと伝わる。

f:id:english_maf:20190120083705j:plain

f:id:english_maf:20190120083744j:plain

f:id:english_maf:20190120083808j:plain

 

 

由緒 

大同元年(806年)神封16戸を充てられ、正四位上に累進する。

延喜の制、名神大社に列して新年の国幣に預かる。

中世以降、武門の尊崇を受ける。

近世、唐津城主土井氏は祈願所となす。

明治4年1871年)5月14日、国幣中社に列格。

 

昭和23年(1948年)神社本庁別表神社に列格。

  

 

アクセス

自動車

バス

  • 昭和バス 加部島中部バス停から 徒歩3分

 

 

 

 

出典

神道大辞典』平凡社昭和12年

田島神社パンフレット

 

 

平成27年(2015年)3月20日奉拝。