神社奉拝

官国幣社巡りの記憶

香椎宮

福岡県福岡市東区香椎に鎮座する神社。

勅祭社であり、10年毎に勅使を迎える。旧官幣大社

仲哀天皇神功皇后を主神とし、応神天皇住吉大神を配祀する。

例祭は10月29日。

 

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参道と境内

境内まで

参道は香椎参道口交差点から始まる。九州の大動脈である国道3号線と交差し交通量が非常に多い交差点の一角に社号標が立つ。

 

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交差点の社号標から足を進めること4分、鹿児島本線の踏切越しに社号標が見える。先程の社号標と比べて「官幣」の部分が読み取りにくいが、GHQによる神道指令の名残であろうか。

奥には鳥居もあり、香椎参道の交通量、鳥居の幅、鹿児島本線の列車通過量が相あまって、慢性的な交通渋滞を引き起こしているようである。

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社号標

大正11年(1922年)3月21日、従二位勲一等侯爵黒田長成による書とある。

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黒田長成(くろだながしげ、慶応3年5月5日(1867年6月7日) - 昭和14年(1939年)8月14日)は最後の福岡藩主黒田長知を父に持つ、福岡黒田家13代目当主。

慶應義塾中退、ケンブリッジ大学にて学士号を取得。かつての福岡藩藩校を再興した旧制中学修猷館館長(第3代)、貴族院議員や貴族院副議長(第4 - 8代)、枢密顧問官、議定官などを歴任した。特に貴族院副議長については約30年その職にあった。

豊臣秀吉を顕彰する豊国会や、菅原道真を顕彰する菅公会などの会長も務めた。

従一位勲一等旭日桐花大綬章侯爵。

 

 

鳥居は一般的な名神鳥居である。

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 頓宮

鳥居の手前右手には香椎頓宮の鳥居が。春季氏子大祭の折には御神幸があるとのこと。

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先程の香椎参道沿いの街灯には鳥居の意匠があしらわれる。

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鳥居から楼門まで

鹿児島本線踏切の鳥居から10分程香椎参道を歩くと、境内入り口を示す鳥居が見える。大正4年11月建立。こちらも名神鳥居。ただし亀腹を欠く。

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こちらの鳥居は昭和13年11月建立。同じく名神鳥居。

皇族下乗の碑が左手に見える。

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楼門

楼門は重層の檜皮葺総欅白木造である。戦火により消失したが再建された。楼門の左右に備える筋塀は寺社の位を示すもので、香椎宮は最高の5本筋となっている。

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手水舎

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絵馬殿

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勅使館

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獅子狛犬 

獅子・狛犬。今風に言うところの “小顔” か。

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綾杉

御神木である。

神功皇后三韓よりご帰還の際に「永遠に本朝を鎮護すべし」と祈りを込めて、鎧の袖に挿していた杉枝を植えたものが成長したと言われる。太宰帥に新任された者は必ず香椎宮に参拝し、任期中の無事を祈ってこの杉葉を冠に挿すことが恒例の儀式として行われた。

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中門

三間一戸切妻造の中門。

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本殿

神亀元年(724年)に建立された。現在の本殿は享和元年(1801年)に第10代福岡藩黒田斉清により再建されたもの。

香椎造。正面三間、側面三間の建物の内部を内陣、中陣、外陣に区別し、外陣の両側を更に一間左右に拡げた(獅子の間)もの。正面中央浜床上と左右側面に木階と昇勾欄を備える。平面に影響されて屋根も複雑な形を採る。檜皮葺。

朱塗彩色が美しい。

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楽殿

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戦艦「摂津」(明治44年、1911年進水)の砲身。摂津はワシントン海軍軍縮条約により退役し標的艦となった戦艦。大正11年3月に貞明皇后がお召艦とし香椎宮行幸された所縁による。f:id:english_maf:20180813181048j:plain

 

摂社・末社

武内神社

摂社。景行天皇から仁徳天皇まで5代にわたり仕え、仲哀天皇崩御後の神功皇后にも仕えたとされる武内宿禰を祀る。本殿左手に鎮座。

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巻尾神社

摂社。中臣烏賊津大連を祀る。本殿右手に鎮座。

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稲荷神社・鶏石神社

末社。綾杉の近くに鎮座。

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朽瀬神社

末社。香椎参道を挟んで境内入り口の鳥居向かい側に鎮座。

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印鑰神社

末社。石川宿禰を祀る。香椎宮から300 m ほど離れた境外に鎮座。f:id:english_maf:20180813185042j:plain

 

高陪神社

末社。大宮司武内宿禰氏連を祀る。境外に鎮座。

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男神

末社。撮影時は香椎宮から1.5 km ほど離れた境外に鎮座。現在、JR香椎駅前に遷宮した模様。

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平野神社

末社。境内敷地に隣接した境外に鎮座。

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古宮

香椎宮の裏手に位置する。仲哀天皇が国家鎮護の拠点とした橿日宮の跡地である。

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霊泉不老水

武内宿禰がこの泉の水を汲み、食事と酒を調えて300歳余りの長寿を保ち得たと伝えられる。日本名水百選。

境内から500 m ほど離れた地にある。

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碑など

扇塚 

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軍艦香椎顕彰碑

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方男佐海岸

片男佐の鳥居

境内から2.3 km ほど離れた方男佐海岸の香椎若葉団地の一角に佇む。昭和の初めまで楼門前にあった鳥居がこちらに移転せられたものらしい。

 

参照:

御島神社祭 (香椎宮末社) ( 福岡県 ) - 香椎うっちゃんのブログ - Yahoo!ブログ

 

 

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御島神社

神功皇后が御渡海に際し、神の教えの当否を占われた地とされる。綿津見神を祀る。

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祭神

仲哀天皇神功皇后

仲哀天皇は第14代天皇日本武尊命を父に持つ。新羅を授けるとする住吉大神の信託を信じず、神の怒りに触れ、急死したという。

神功皇后仲哀天皇の皇后、応神天皇(第15代天皇)の母。応神天皇を身籠りながらも仲哀天皇崩御後、三韓征伐を指揮した逸話が伝わる。応神天皇八幡神として全国の八幡宮に祀られる。

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由緒

 

仲哀天皇崩御後に山稜を営まれ、神功皇后新羅征討の軍議をせられた場所とされる。かつては香椎廟と称され、他の神社と区別され『延喜式神名帳にその登載を見ることがなかったが、円融天皇の御代頃(969 - 984)から神社として取り扱われるように至ったようである。

 

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神亀元年(724年)に建立。

神亀5年(728年)太宰官8等拝する。(『万葉集』巻6)

天平9年(737年)聖武天皇奉幣、新羅無礼の状を告げる。

天平宝字3年(759年)淳仁天皇、太宰帥三品船親王を遣わし新羅を伐つべき状を奏す。

天平宝字6年(762年)淳仁天皇、参議従三位藤原巨勢麻呂らをして奉幣、新羅を征するの軍旅を告げる。

大同2年(807年)平城天皇、大唐綵幣。

弘仁元年(810年)嵯峨天皇薬子の乱を鎮める宿禱に奉賽。

天長10年(824年)仁明天皇、即位奉告。

承和8年(841年)仁明天皇、本社および神功皇后山稜の祟りによって奉幣。

貞観12年(870年)清和天皇新羅の賊船が豊前国の貢調船の絹綿を奪ったため大中臣朝臣国雄を奉幣使として詔を宣せしめる。

元慶2年(877年)陽成天皇、橿日神人に神憑があって新羅寡を窺うの御教があり使を遣わして綾羅御衣を奉る。

天慶元年(938年)朱雀天皇、宇佐宮奉幣と共に小野朝臣好古をして奉幣。

寛仁元年(1017年)後一条天皇、金銀幣各2枚を奉る。

承歴元年(1077年)白河天皇、香椎廟に火災があったので5日間の廃朝を行う。

建武3年(1336年)足利尊氏、社参し糟屋郡多々良以下の地800町を寄進。

応安7年(1374年)足利義満、社参し願文を納める。

天正年間(1573 - 1593年)小早川隆景159石を寄進。

元和3年(1617年)福岡藩黒田光之、30石を献じる。

延享元年(1744年)福岡藩主黒田継高、70石に加増。

明治3年(1870年)2月9日 中奉幣社に列格。

明治4年1871年)5月14日 国幣中社に列格。

明治18年(1885年)4月2日 官幣大社に昇格。

大正4年(1915年)仲哀天皇主祭神に加える。

大正11年(1922年)本殿が国指定重要文化財に指定される。

大正13年1924年宇佐神宮と共に勅裁社に治定。

昭和23年(1948年)神社本庁別表神社に列格。

 

祭日

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アクセス

JR香椎神宮駅 から徒歩5分ほど

JR香椎駅 から 徒歩15分ほど

西鉄香椎宮前駅 から 徒歩12分ほど

西鉄バス 香椎宮前 下車

 

 

 

出典

神道大辞典』平凡社昭和12年

香椎宮パンフレット

香椎宮略誌

公式ホームページ:

香椎宮【公式ホームページ】

 

平成28年(2016年)3月3日奉拝。